そんなには褒めないよ。映画評

ミニシアター系映画レビュー*沈黙する言葉

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映画「セールスマン」(ほぼネタバレ)アスガー・ファルハディ監督、「別離」がピークだったかも?

昨年のカンヌで男優賞と脚本賞、今年のアカデミー賞で外国語映画賞を受賞しています。

「彼女が消えた浜辺」から見ていますが、どの映画も評価が高く、何かしら賞を取っているアスガー・ファルハディ監督です。

私の評価は、映画の完成度でいえば「別離」、個人的趣味でいえば「彼女が消えた浜辺」なんですが、さてこの「セールスマン」…

率直に言ってしまえば、あまり出来は良くないですね。

 

監督:アスガー・ファルハディ

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教師エマッドとその妻ラナは、俳優としても活動している夫婦。ある日、引っ越して間もない自宅でラナが侵入者に襲われてしまう。犯人を捕まえたい夫と表沙汰にしたくない妻の感情はすれ違い始める。やがて犯人は前の住人だった女性と関係がある人物だとわかる。事件をきっかけに理性をかき乱されていく夫婦の葛藤を軸に、登場人物たちの思惑がスリリングに絡み合う心理サスペンス。(公式サイト

 

どちらかといいますと、プロットでみせるといいますか、人間関係の行き違いが多いのですが、幾層にも入り組んだ心理劇的な構成の映画が多い監督です。

 

それだけに、脚本が映画の出来不出来に大きく影響するのではないかと思います。

 

カンヌで脚本賞を受賞している手前、こんなことを書くと顰蹙を買いそうですが(笑)、脚本がまずい一番の問題は、タイトルにもなっている「セールスマン」、これがかなり危ういタイトル付けだということです。

 

このタイトル、主役の夫婦エマッド(シャハブ・ホセイニ)とラナ(タラネ・アリドゥスティ)は俳優であり、いままさに上演しようとしている「セールスマンの死」から取っているのだと思いますが、残念ながらストンと落ちてくるものがありません。

 

アーサー・ミラーの「セールスマンの死」は、夢に破れた男の悔恨と罪悪感と絶望感に満ち溢れた悲哀の物語なんですが、それがこの映画とどう噛み合っているのかあまり見えてきません。

エマッドが苦しんでいるのは、ウィリー(「セールスマン」の男)のように自分の人生に対してではなく、妻がレイプされ、そのことで整理できない今の自分自身です。全然違うと思います。

 

それにエマッドはセールスマンではなく教師ですし、それにその教師という設定自体も教師でなくては出せない効果があったかといいますとそれも感じられません。

 

それにしても、この「セールスマンの死」、1949年に初演されたものですが、1949年といえば第二次大戦が終わって4年です。かなり現代的なテーマだと思いますが、すでにアメリカはそんな時代を迎えていたんでしょうかね。

 

「セールスマン」に話を戻しますと、タイトル付けに関して、もうひとつあるいはということがあります。

ラナをレイプした男は、軽トラのような車で何かを売り歩いている(いた)と言っていたと思います。それをセールスマンとかけている可能性もありますが、どうでしょう? ちょっと無理がありますかね?

 

書き始めた勢いて書いてしまいますと、男優賞をとっているエマッドのシャハブ・ホセイニ、あまり内面の葛藤が見えません。

他の作品でもそうですが、アスガー・ファルハディ監督はあまり俳優をじっくり捉えるタイプではなく、物語の展開のうまさで見せていくタイプですので、この映画のように展開に変化の少ないものですと、人物の内面の変化が見えにくいですね。

 

それは、ラナ役のタラネ・アリドゥスティにも言えることで、一貫して冷静(に見える)演技で、これも同様に映画の展開がゆるいですので感情の起伏が見えにくいです。

 

基本プロットは、レイプされた妻は公になることを嫌がり忘れたいと言い、夫は妻のことより自分の気持ちが整理できず犯人探しに奔走し、捕まえてみれば、男は心臓の病を抱えた老人で、夫の追求の間に亡くなるという話です。

 

その基本プロットにアスガー・ファルハディ監督らしい幾つかの味付けがなされています。

夫婦の住まいは引っ越したばかりであり、前の住人が娼婦(的?)であったこと、レイプ犯は当初その娼婦と間違えたこと、妻が夫と勘違いしてドアを開けたままシャワーをあびていたこと、犯人は当初夫が考えていた男の父親であったこと、犯人が心臓の病を抱えていること、などなど。

ああ、こういうのがありました。これはうまいなあと思ったことですが、レイプ犯は、前の住人に対していつもそうしていたのでしょう、お金を置いていったようです。

で、しばらく後、クレジットカードなどなくしている妻がたまたま見つけたそのお金で食材を買い料理をし、楽しみましょうと食べ始めた矢先、夫がそのお金だと気づき、この料理は食べられない、食べるなと捨ててしまいます。

さらに、その場面に劇団仲間の預かった子どもを同席させ、夫婦の怒りの爆発をおさえさせて相当に映画的なシーンにしています。

これはシーンはうまいです。

 

ただ穴も多いですね。

 

このお金を置いていったということで言えば、妻はレイプされ救急車で病院に運ばれるのですが、その経緯は、悲鳴が聞こえ隣人が駆けつけた時には浴室で妻が血を流して意識なく倒れていたということです。

この流れから言えば、レイプ犯は悲鳴で逃げたことになりますが、その状態でお金を置いておきます? さらに言えば、普通悲鳴を上げるとすれば最初ですよね、レイプする時間なんてないですよね。

それに心臓の病を抱えた人物が、映画の中では「そそられた」と字幕がでていましたが、抵抗する女性をレイプできますかね? 映画の後半の展開から考えればあの男はその時点で倒れていますね。

で、これは見ている間にもよく分からなかったのですが、レイプされたのではなく裸を見られたということだったのかも知れません。映画の中で、夫が発見した隣人にも浴室に入ったのかとか、浴室に入る入らないを問題にしていたシーンが他にもありましたので、あるいはイスラムという文化からはそういうこともあるのかも知れません。

まあ映画はレイプされたのかどうかを問題にはしておらず、裸を見られたことも屈辱であれば、どうであったかを問題にするほうがおかしいのかも知れません。

 

ということで、過去の作品同様、この映画も、誰が悪いということもなくコトは起き、いったんコトが起きれば、およそそれがいい方へいくことはなく、坂道をコロコロと転がるようにコトは悪い方へ悪い方へと進んでいくというお話でした。

 

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