そんなには褒めないよ。映画評

ミニシアター系映画レビュー*沈黙する言葉

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映画「僕とカミンスキーの旅」(ほぼネタバレ)いろいろなものが散りばめられており一筋縄ではいかない

「グッバイ・レーニン!」と聞けば、ああ、あの映画ねと、いくつかのシーンをすぐに思い出すくらい記憶に残るいい映画でしたが、言われてみれば、あれから12年、ヴォルフガング・ベッカー監督の映画は何も公開されていないようです。

IMDbを見ても、この間、オムニバスなどのショート3本がクレジットされているだけです。

次作の構想を練っての12年ということでしょうか。

 

監督:ヴォルフガング・ベッカー

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美術評論家ゼバスティアンは金と名声ほしさに芸術家の伝記を書こうと思い立ち、隠遁生活を送る画家カミンスキーを訪ねる。カミンスキーはマティス最後の弟子でピカソの友人、そして60年代NYで“盲目の画家”として脚光を浴びた伝説的な人物だ。ゼバスティアンは新事実を暴く為、若き日に愛した女性のもとへ連れて行こうとする。しかし思いがけない終着点に向かっていくのだった……。(公式サイト

 

前半はややコメディタッチ、後半はロードムービーのスタイルです。

 

原作に習っているのか、何章かの章立てで進んでいき、それがやや流れを阻害する感もありますが、全体として、映画に入り込んで楽しむような傾向のものではなく、ちょっと引きつつ人間観察するような作りになっています。

 

カミンスキーなる人物はもちろん架空なんですが、映画には原作があります。

 

僕とカミンスキー

僕とカミンスキー

 

 

まずはカミンスキーとはいかなる人物なのかを、マティス、ピカソ、ウォーホール、その他たくさんの著名人の名前や映像や絵画を使って、「マティス最後の弟子にしてピカソの友人…」などと、あたかも実在の人物であるかのようにニュース映像風に描いてみせます。

 

知らずに見れば、そんな画家がいたんだと思ってしまうような描写の後は、そのカミンスキーの伝記を書こうとしている美術評論家(とも言えないような)セバスチャンの登場となるのですが、このセバスチャン(ダニエル・ブリュール)が、とにかく食えないやつ的キャラクターとして描かれます。

映像的には割りと普通の流れなんですが、そこに起きていることとは裏腹のセバスチャンの心の声がかぶってくるのです。たとえば、カミンスキーを訪ねる列車の中では、実際には声に出していないのですが、車掌への罵倒の言葉や相席となった女性へのちょっかいの言葉が音声として流れたりします。

 

ただ映画的には、このキャラクターをダニエル・ブリュールがさらりとやってのけ、ややコメディタッチであることから、憎めないやつ的な印象もうけます。

 

特に前半は細かいところで笑わせてくれます。ただ、突き抜けた笑いというわけにはいかず、何やら小難しさが漂っていますので、ぷっと吹きつつ、どこへ向かっているんだろうな、この映画?とやや不安を抱かせながら進んでいきます。

 

後半は、このセバスチャンが、ほぼ隠遁生活に入っているカミンスキー(イェスパー・クリステンセン)を連れ出し、カミンスキー本人はすでに亡くなっていると思いこんでいる若き頃の恋人テレーゼ(ジェラルディン・チャップリン)に会いに行くという、いわゆるロードムービーとなり、その旅の途中様々のことが起き、二人の交流があり、そして旅の目的地に達した時、必ずしもそれが望みどおりにならず、映画は余韻を残して終わるというスタイルになっています。

 

この道中では、車が盗まれたり、ホテルに泊まる際、盲目でわからないだろうと安宿を五つ星だとごまかしたり、そうしたことをカミンスキーは分かっているようないないような、このあたり、物語が進むうちに、カミンスキーは本当に盲目なのか疑わしく思えてきますし、セバスチャンに負けず劣らずの身勝手さを振りまいています。

 

とにかく無神経で図々しく、嘘はつく、言い訳はする、挙句の果てにカミンスキーの未発表の絵を盗んでしまうという何とも食えないやつであるセバスチャンが、逆に翻弄されるという展開になります。 

 

そして、カミンスキーとテレーゼの再会シーン、当然映画のクライマックスとなるべきところですが、これがかなりユニークで難しい作りになっており、感動というわけにもいかず、かといって絶望的とも言えず、とにかく非常に難しいです。

 

まず、テレーゼの言葉が結構意味深で、カミンスキーを覚えているのかどうかも曖昧にしてありますし、なぜ突然カミンスキーのもとを去ったかについても何も語られません。カミンスキーが絵の道で成功するきっかけとなった(と言われている)テレーゼですが、それが一体何だったのかも何も分かりません。

 

このテレーゼを演っている俳優さんは、チャップリンの娘さん、ジェラルディン・チャップリンさんで、そのきりりとした顔立ちと居住まいが印象深いです。

 

こうした再会ものにハッピーエンドはありえなく、ほぼ結果はわかっているのですが、単純な感傷ものにしなかったのがこの映画の持ち味なのかも知れません。

 

で、この映画、一本筋が通っているという映画ではなく、いろんな要素が散りばめられていますので、はっきりとした印象は残りませんが、どこか捨てがたい映画になっています。

 

これまで省略してきていますが、カミンスキーにはマネージャー的存在の娘ミリアム(アミラ・カサール)がおり、その留守を狙ってテレーザに会いに来ているわけですが、ラスト、追いかけてきたミリアムは、すでに自分はテレーザに会ったことがあり、カミンスキーの手紙を手渡したら破り捨てられたことやカミンスキーの伝記はすでに他の執筆者と契約しているとセバスチャンに告げるのです。
 

そもそものセバスチャンのキャラクターを考えればさもありなんですが、なぜかカミンスキーがセバスチャンのことを気に入ったり、そこそこ真面目にカミンスキーに付き合うというこの道中の二人を見ていますので、多少あーあ可愛そうにという感情も浮かんできます。

 

すでにカミンスキーは知っているようでしたが、セバスチャンが盗んできた絵のことを告白しますと、それに対してカミンスキーは何も言わず自分のサインをして手渡したりします。

 

もうひとつ書いておくべきことがあります。旅の途中、カミンスキーが達磨大師のエピソードを話します。話の前後は記憶していませんが、弟子が達磨大師に「もう私には何も捨てるものがありません」と言いますと、大師は「その何もないことを捨てない」といいます。

このエピソードは、ラストにもう一度使われ、恋人を失い(この記事では書いていません)、住まいを失い、そして仕事まで失ったセバスチャンが海辺を歩くシーンにかぶせられます。

 

映画自体がそれに向かって進んできたわけではありませんが、いろいろな意味にとれる真理だとは思います。

 

こちらもどうぞ。

ausnichts.hatenablog.com

 

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