そんなには褒めないよ。映画評

ミニシアター系映画レビュー*沈黙する言葉

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映画「ブラインド・マッサージ」(完全ネタバレ)これに金熊を与えなかった審査員が信じられない!

「天安門、恋人たち」「スプリング・フィーバー」のロウ・イエ監督、2014年の作品です。なぜこんなに公開が遅くなるのか不思議ですね。

一般的にの話ですが、映画祭で評価の高い映画は逆に一般公開が難しいのかもしれません。この映画も2014年のベルリンで銀熊を受賞しています。ただ、芸術貢献賞(Outstanding Artistic Contribution)として、撮影の Jian Zeng ツアン・チアン( ツォン・ジエン?)が受賞ということです。

個人的には、撮影はもちろんのこと映画自体も金熊が妥当じゃないかと思います。ちなみにその年の金熊は同じ中国の「薄氷の殺人」でした。

逆じゃない(笑)?

 

監督:ロウ・イエ

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南京のマッサージ院では多くの盲人が働いている。 シャオマーは幼い頃に視力を失い、いつか回復すると言われているがその日は一向にやってこない。院長のシャーは結婚を夢見て見合いを繰り返すが破談してしまう。美人と評判のドゥ・ホンは自分にとって何の意味のもたない“美”に嫌気がさしている。シャーの同級生ワンと恋人のコンが駆け落ち同然で転がり込んできた。シャオマーはコンの色香に感じたことのない強い欲望を覚えはじめる。(公式サイト

 

引用した画像やあらすじで想像できる通り、南京のマッサージ院で働く人たちの群像劇です。

 

原作があるようです。早速図書館に予約しました。 

ブラインド・マッサージ (エクス・リブリス)

ブラインド・マッサージ (エクス・リブリス)

 

 

この映画の特徴は何と言ってもその「撮影技法」でしょう。

 

視覚障害者でない限り、その視覚的世界がどんなものであるかは分かりようもありませんが、少なくとも、あるいはこうした感覚ではないとかと考え得る限りの方法を試みています。

ピントが合わないボケた映像、ほんの一部しかはっきりせず他はぼんやりしている映像、それらが激しく動いたり、突然暗闇になったり、(編集によって)激しく変化したりします。ほぼすべての画がアップで撮られているのも視界の狭さを感じさせるためでしょう。

 

手持ちカメラのブレ感とはどこか違った印象があります。カメラワーク、映像処理、編集、そして演出すべての成果でしょう。

 

演出面で言えば、「触れること」がかなり重要視されています。仕事であるマッサージという意味ではなく、視覚障害者にとっては触ることが見ることでもあるでしょうから、人と人が触れ合うカットがとても多いですし、触れ合わないにしても人と人が近距離で撮られています。

 

」についても、特徴的にあげられることを記憶していませんが、いろいろ考えられていたように思います。

 

こうした様々な映画的手法によって、観客である我々も、自分があたかもマッサージ院の一員であるかのような感覚に引きずり込まれます。

 

まさしくそれがロウ・イエ監督の意図でしょう。

 

健常者の視点から視覚障害者の世界を描くのではなく、たとえ光の世界の象徴たる映画に光のない世界を描くことなどできるはずもないと分かっていても、擬似的にその一員と感じさせることが映画にはできるのだと証明しています。 

 

そして、そこで繰り広げられる物語はと言えば、ロウ・イエ監督得意の「ほとばしり、さまよう青春、そして熱き恋愛」です。

 

シャオマー(ホアン・シュエン)は、幼いころの交通事故で視力を失い、いつかは見えるようになるだろうと言われながらも、今はマッサージ院で働いています。ガラス(陶器?)のカケラで自らの首を切った自殺未遂の経歴を持っています。

この自殺未遂のシーンはプロローグ的に使われており、かなりインパクトがあります。

マッサージ院にワン(グオ・シャオトン)とコン(チャン・レイ)が駆け落ちしてやってきます。シャオマーはコンに、健常者的に言えば一目惚れしてしまいます。それを映画は匂いと触れることで描いています。

このあたりの描写のうまいこと! シャオマーの行動は、触れること=見ることとして描かれるのですが、絡み合う指、アップで映し出される唇、それが見る側からすればかなりエロチックに映るのです。

コンを演っているチャン・レイさん、「盲学校在学中に本作へ出演。現在はプロのマッサージ師」とあり、俳優経験があるのかどうかは分かりませんが、いい感じで良かったです。

コンにはワンという恋人もいますので、思いあぐねた同僚がシャオマーを風俗店へ連れていきます。今度は、そこで出会ったマン(ホアン・ルー)に入れ込み、やがて二人は互いに求めあう仲になります。

ある日、マンの元を訪れたシャオマーは、マンの客と大喧嘩になり、その格闘の中で何も見えなかった目に微かに光がさす感じ(たように私には見えた)を覚えます。

この一連のカメラワーク、編集、演出、そしてホアン・シュエンの演技には引き込まれます。

後日、再びマンの元を訪れたシャオマーはマンとともに失踪してしまいます。

 

この二人の話を軸にマッサージ院での生活や人間模様が描かれていきます。ただ、軸といってもそれが特別際立っているわけではなく、全体の印象としては、マッサージ院の中をうごめく人間たちの、とにかく語り、ふれあい、思い、思われ、悩み、妬み、そして生きる濃密な人間関係が描かれています。

  

ワンは、事業だったか株だったかに失敗して(と言っていたように思う)コンとともにマッサージ院を経営する幼馴染のシャー(チン・ハオ)を頼ってやってきます。

ワンには弟がいて、これが道楽者なのでしょう、借金のために取り立て屋に追われています。

ある日、母親から取り立て屋に脅されているとの電話を受け(このあたり記憶が曖昧で間違っているかも)、コンとともに貯めてきた貯金を持って駆けつけます。

そのお金で話をつけるのかと思いきや、とんでもありません。台所から中華包丁を持ち出し、自分の体を傷つけながら取り立て屋に凄みます。この時のセリフにも何か意味が込められていたように思いますがあいにく記憶できていません。

このシーンもかなり迫力がありますが、いずれにしても取り立て屋はすごすごと帰っていきます。 

 

マッサージ院を経営するシャー(チン・ハオ)は、それが(公式サイトにあるように)結婚を求める行為なのか女性との関係を求めるためなのかは映画からははっきりとは分かりませんが、健常者と見合いをするも断られてしまいます。また、シャーはダンスを趣味としているのかそうしたシーンもあります。

ある日、客がドゥ・ホン(メイ・ティン)のことを美しい美しいと言うのを聞きつけ、一体美しいとはどういうものなのかとドゥ・ホンに執着するようになり、その美しさを確かめるためにドゥ・ホンの顔に触れたりします。

 

一方、ドゥ・ホンは、これも映画からははっきりしたことは分かりませんが、公式サイトによると、美しいと言われてもそれが自分にとってどれほどのものかと逆に自分を苛立たせるだけで、シャーの行為にしても疎ましささえ感じるようです。

そうした苛立ちもあってか、ある時、ドアに手を挟んで大怪我をしてしまいます。

 

といったことが主だった出来事ですが、やはり群像劇ですので、そうした個々の出来事よりもマッサージ院に働く全員の生き様そのものがこの映画の主題だと思います。

 

そして、エピローグ、ワンとコン、そしてドゥ・ホンはマッサージ院を去り、シャオマーとマンの後日譚が語られます。

 

寂れた町の路地(だったかな?)、「シャオマー治療院(マッサージ院?)」の張り紙、カメラが進みますともう一枚の張り紙、さらに進みますと古びた建物に「シャオマー治療院はココ」の張り紙が風に触れています。

シャオマーが階段を上がっていきます。通路を進みますと、そこには洗面器のようなもので髪を洗う女がいます。

シャオマーが女を見つめます。

女は腰をかがめたままシャオマーに顔を向けます。濡れた髪が女の顔を隠しています。女は濡れた髪をそっとよけてシャオマーを見つめます。

もちろん女はマンその人です。

 

(日本の)60年代、70年代の世界がよみがえります(笑)。

 

 

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