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そんなには褒めないよ。映画評

ミニシアター系映画レビュー*沈黙する言葉

映画タイトルの50音順メニュー作りました!

当サイトおすすめ映画直近の4作品

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ハンズ・オブ・ラヴ 手のひらの勇気

監督:ピーター・ソレット

エレン・ペイジのアップになるたびに涙が流れて…。もちろんジュリアン・ムーアもいいのですが。

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みかんの丘

ザザ・ウルシャゼ監督

この寓話的真実で争いがなくなることはないにしても、この寓話的真実を理解できなければとっくに世界は終わっている。

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アスファルト

サミュエル・ベンシェトリ監督

人生あれやこれやいろいろあってもまだまだ捨てたものじゃないと気持ちが和らぎます

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ラサへの歩き方 祈りの2400km

チャン・ヤン監督

ただひたすら無心で五体投地、地にひれ伏し他者のために祈る人々が美しいです。

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最新記事

「クスクス粒の秘密/アブデラティフ・ケシシュ監督」すごいですね、この映画。濃密に人間、人間、人間って感じですかね…。

映画

シネマテークの「フランス映画ウィーク」から「クスクス粒の秘密」です。「アデル、ブルーは熱い色」のアブデラティフ・ケシシュ監督、2007年の作品で、セザール賞でいくつかの賞と、ベネチアでは審査員特別賞に、リム役のアフシア・エルジがマルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞)を受賞しているようです。

確かに、アフシア・エルジさん、良かったです。IMDbを見ますと、この映画で一気に出演作品が増えています。

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港町セートで港湾労働者として働くチュニジア移民の60代の男スリマーヌにリストラの波が押し寄せる。前妻との間に子どもと孫がいるが、今はホテルを経営する恋人のもとに身を寄せている。彼は古い船を 買い取って船上レストランを始めることを決意する。開店パーティーの日、予定していたクスクスが届かない。窮地を切り抜けようとするが…。(アンスティチュ・フランセ東京


劇場公開されていませんので、アンスティチュ・フランセから引用させていただいたんですが、この「地中海映画祭」というのは、こちらのサイト「地中海映画祭でケシシュ4本!+α | レザボアCATs」によりますと、アブデラティフ・ケシシュ監督の4作品を上映したんですね。

それに、この記事に、アフシア・エルジさんはラストのベリーダンスのために15キロ増量したとあります。道理であのシーンが長いはずです。それに執拗にお腹を撮っていたのも納得です(笑)。

「アデル、ブルーは熱い色」で感じた二、三の特徴的な手法がこの映画でも遺憾なく発揮されています。

クローズアップ多用。特にスリマーヌ(アビブ・ブファーレ)の家族たちが食事するシーンはすごいです! かなり長いシーンだったと思いますが、全編ハンディで捉えられたそれぞれの顔のアップ、それもクスクスを食べながら喋りまくるわけですから、口の中の食べ物やそれがこぼれるカットが間断なく続きます。

大きなテーブルを囲んで、何人位いたでしょうか? 10人はくだらないと思いますが、皆が食べ、喋りまくるシーンを途切れなく撮っているわけで、その編集も美しく、話は他愛なくくだらなくとも飽きることはありません。

食べる口元への執着は「アデル、ブルーは熱い色」でも感じたことです。アブデラティフ・ケシシュ監督がここに何を感じているのかは定かではありませんが、根源的な人間性みたいなものは確かに感じられます。

男の井戸端会議のようなシーンもあります。スリマーヌの恋人が経営しているホテル、ホテルと言っても、下宿のように定宿としているミュージシャンの男たちがいるのですが、彼らがレストランを始めるスリマーヌの噂話しをするシーンも同様の手法が使われています。

そして、どのシーンも執拗です。上に書いたシーンもそうですが、ラストのベリーダンス、スリマーヌがバイクを奪われ追いかけるシーン、長いと感じるかどうかは人それぞれですが、時間的な長さだけではない執拗さはこの監督の特徴的なものだと思います。

フランス人のアラブ系移民への偏見であるとか、移民たちの閉鎖的なところとかも描かれていますが、そうしたことに対して特別な意味合いを持たせてはいなく、多分もう少し広い視野で、いうなれば人間そのものについてのこだわりが強いように感じます。

見終わってみれば、これと言ってはっきりしたテーマのようなものはないのですが、人間の持っている根源的なものの日常への現れ、怒り、悲しみ、他人への嫉妬や妬み、身勝手さ、もちろん愛情や優しさもありますが、そうしたもので全編が満たされているという感じです。

ただ、それを否定的にみている感じはなく、そうであるからこそ人間なんだと、割と深いところで受け入れている印象ではあります。

ちなみに、原題の「La graine et le mulet」は「粒(穀物)とボラ(魚)」という意味らしく、人の根源的な「食べる」ということを意識したタイトルなのかもしれません。